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静岡地方裁判所 昭和29年(ヨ)239号 決定 1954年7月10日

申請人 寺田尚夫外三一三名

被申請人 近江絹糸紡績株式会社

主文

一、被申請人は申請人らに別紙第一、第二当事者目録中住居欄記載のように夫々寄宿舍、社宅、社員寮の各使用をさせなければならない。(但し同目録中事務所二階、富士寮及び愛鷹寮居住者を除く。)

二、被申請人は申請人らに別紙図面中赤線で囲む部分以外の土地、建物及び施設(社宅居住者以外の者の入浴を含む)を従前通り使用させなければならない。

三、被申請人は申請人ら(但し社宅居住者を除く)に対する給食を中止してはならない。

四、被申請人は正当の理由なく申請人ら中女子の従業員と外部との交通及び面会を妨害してはならない。

五、被申請人において第一、二項の命令に違反して正当の理由なく同項記載の建物設備の使用を妨げたときは申請人らは静岡地方裁判所執行吏に委任してその妨害の排除その他適当なる措置をとらしめることができる。

六、申請人らのその余の申請を却下する。

七、申請費用は被申請人の負担とする。

(無保証)

申請の趣旨

一、被申請人は申請人らに対し別紙物件目録記載の建物及びその附属施設内において、申請人らに従前通り起居、就寝、休養、入浴、給食(但し入浴、給食については社宅居住者を除く)等をなさしめ、その占有及び外部との通信、連絡、交通等を遮断し、申請人らに対する会社部内、部外者の面会を禁止妨害したり、服装に干渉したり、組合選択に干渉し、特定信教の強要を為したり、信書を留置したり、開封したり、給水、給電等を中止し妨害したりしてはならない。

二、被申請人は工場、寄宿舍、事務所の在る所並びに比較的使用度の閑散な部分を労働組合の協議、執務等一切の組合活動を行う目的を以て労働法規所定の主たる事務所として使用すること又は右構内に別に仮設事務所を設置すること、及び同事務所内に電灯、電話その他備品の設備を為すことをいずれも許容し、使用を妨害してはならない。

三、被申請人は申請人等が組合活動の執行に必要なる専従員、法律顧問、組合の上部団体よりの組合活動指導の為の派遣員等を右事務所に出入せしめる事を阻止妨害してはならない。

四、申請人らの委任する執行吏は右命令の趣旨を被申請人並びにその使用人らに明らかにし、又その予防の為に適当な公示方法をとらなければならない。

五、執行吏は前記占有、起居、就寝、給食、入浴、面会、往来、通信、事務所の設置、同事務所内への電灯、電話等の設置、申請人らの招へい者の往来者につき妨害の発生したときは直ちに適当な方法でこれを排除することができる。

理由

当事者間に争のない事実と当事者双方の提出した疎明資料により一応認められる事実関係に基く当裁判所の判断は次の通りである。

一、事実関係

申請人らはいずれも被申請人会社の従業員で同会社富士宮工場に勤務しておる者であり、全国繊維産業労働組合同盟近江絹糸紡績労働組合の組合員でその富士宮支部(以下単に組合支部と称する)に所属している。被申請人会社(以下単に会社という)は絹糸及び綿糸紡績を営む株式会社で、肩書地に本社を、彦根市、長浜市、岸和田市、大垣市、津市、中津市にそれぞれ工場をもつほかに、富士宮市にも工場を所有しており、会社の従業員は約一万二千名で内富士宮工場の従業員は約千六百名である。

会社は大正六年八月創立され、昭和十八年当時の資本金は八百万円であつたが、昭和二十三年以降は逐年増資発展を重ね、現在の資本金は十億円である。しかし、このような会社の発展のかげには、会社は能率の向上或いはコストの引下を図る為、従来から兎角従業員を低賃金で雇つて無理な操業をさせ、或いは私生活に干渉する傾きがあり、大垣工場、彦根工場、津工場においては、労働基準法違反により、所轄労働基準監督署より取調べを受けたことも十数回に達し、会社には従前より近江絹糸紡績労働組合があつたが、その幹部は殆んど会社の幹部が占め、その活動も低調不活溌であつた。

このような状態を改善しようとして、昭和二十九年六月三、四日頃大阪本社及び岸和田工場において全国繊維産業労働組合同盟に加盟の新組合が結成され、富士宮工場においては申請人寺田尚夫らを中心とする三十余名を以て組合支部が結成され、その頃会社に対し組合支部を即時認めること、外出、面会の自由を認めること、賃金を値上げすること等十二項目に亘る要求を掲げて団体交渉を請求しストライキに入つた。申請人らは別紙第一第二当事者目録中居住欄記載の通り富士宮工場内の寄宿舍、社宅、社員寮、事務所二階等(以下単に宿舍と称する)に起居していたが、会社が組合支部の結成或はそれへの加入を嫌悪する態度(特に女子従業員に対しては甚だしい)に出るので、やむなく宿舍より相次いで工場外に出で組合支部を結成し或はこれに加入してストライキに参加するに至つた。然るに会社はこれに対抗する為六月九日富士宮工場を閉鎖し、この旨を同工場正門に掲示し組合支部に通告すると共に、申請人らの立入を禁止した。

しかし、六月十四日には組合支部と会社との暫定協定により、申請人らのうち男子(社宅居住者を除き)については六月十六日以降寄宿舍のうち富士寮の提供を受け同寮を使用することとなり現に同寮に寄宿しているが、申請人らの内その余の申請人らについては、かかる協定はなく現に富士宮市内の旅館に分宿している状態である。また、給食については申請人ら全員は七月一日夕食時から給食を受けておるが、これは組合支部と会社富士宮工場との暫定的な取決めに過ぎず、会社が今後これを継続して行くことは保障されていない。しかして申請人らは年少者が多く賃金以外他に收入がなく又遠隔地の出身で富士宮市内には宿舍等を提供する知人も存在しない。

二、当裁判所の判断

(一)  先ず会社は申請人中寺田尚夫は既に解雇したから、同人に関しては従業員たる地位を前提とする本件仮処分申請は失当であると主張するけれども、右寺田尚夫が解雇されたことを認定するに足る疎明がないから、この点に関する被申請人の主張は排斥する。

(二)  申請の趣旨第一項について

(イ)  会社は寄宿舍、社宅、社員寮等の利用はいずれも従業員の正常な業務行為を前提とするものであるから、争議中はその従業員に対しては利用を拒否できる。申請人らは争議行為をなす為に自発的に宿舍より退去したものであるから宿舍の利用を請求することはできない。仮にこの利用を認めるとすれば、申請人らは会社の給与で争議を斗うこととなり対等の原則に反し、又組合支部に加入していない従業員との間に混乱を生ずると主張する。しかし乍ら、寄宿舍、社宅、社員寮等はその性格に多少の相違はあるとしても、いずれも会社との雇傭契約に基き従業員たる地位に伴いこれを利用できるものであるから、従業員たる地位を保持している限りその使用の権限を失わないものというべく、又広義の労働条件の一部をなすものとはいえ、かの賃金のように労働の対価として供与せられるものでもないから単に争議をしているとの一事を以て従業員たる申請人らに対し宿舍の利用を拒絶することはできないものと解するを相当とする。更に又申請人らはさきに認定したように、決して宿舍の利用を放棄する意思の下に退去したものではなく、依然宿舍を利用する意思を留保しつつ、組合支部を結成し或はこれに加入するためにやむなく一時的に脱け出したものに過ぎないものであるから、これを理由として宿舍の利用を拒むことはできない。更に申請人らの前記認定の境遇に徴するとき、この宿舍を利用せしめることによつて労資対等の原則に反するものとは考えられない。尚申請人らに本件宿舍を利用せしめることによつて他の従業員との間に直ちに混乱が起るとの疎明もない。よつて被申請人の右の主張はいずれも排斥する。しかしてこのことは寄宿舍等の附属施設及び厚生施設についても同じであると考えられる。

しかし申請人中男子(但し第二当事者目録中社宅居住者を除く)は暫定的な協定とは言え被申請人会社より富士寮を提供され現にそこに居住しており、同会社よりその占有を妨害せらるるおそれのあることについての何らの疎明がないから、この点に関する申請人らの申請は必要がない。

(ロ)  通信、面会等について

右寄宿舍に居住する女子の従業員については従来より、兎角通信、面会の自由が妨げられ殊に申請人らが新組合を結成せんとするや会社は極度に之を嫌忌し、女子の従業員らが之に走ることを極力阻止し外部との交通連絡を遮断せんとしたものであつて、このことと申請人ら中女子はいずれも若年者で力弱く、智慮に乏しく容易に行動の自由を束縛せられる虞あることに鑑みると、少くとも申請人ら中女子の従業員については再び寄宿舍に居住するに至つた場合外部との交通及び面会の自由を会社に対し確保せしめる要あるものと認めざるを得ない。

(ハ)  給食について

給食の制度が寄宿舍の利用と、又入浴の設備が一般宿舍の利用といずれも密接不可分の関係にあつて広義における労働条件の一部をなしているが必ずしも労賃等の如く労務対価として供与されるものでないことは宿舍の場合と同様であると認められる。従つて会社は申請人らとの雇傭関係が継続する限り正当な理由なくして之が供与を拒みえないものといわなければならない。

尤も給食については会社は申請人らに対し七月一日の夕食時よりこれを支給しているのであるが右供与は単に一時的に組合支部と富士宮工場当事者との間で取決めたものに過ぎず、何時給食が打切られるかも保証し難い不安定の状態にあり、且申請人らとして、もし会社側の一方的な恣意によつて給食が打切られたならば、他に食事を購うに十分な蓄えとてない現在においては直ちに飢餓の脅威にさらされ、結局職場を拾てて帰郷せざるをえないこととなるので、この危険を避けるために会社に対し給食を中止しないことを求める緊急の必要あるものと認めざるを得ない。

なを会社は入浴について申請人らを他に入浴せしめるべく風呂銭の提供を準備していると主張するけれども、これを認めるに足る疎明がない。

以上の理由により申請人らは会社に対し同会社との間の雇傭契約上の権利の行使として別紙図面中赤線で囲む部分以外の土地建物施設(但し現に寄宿舍富士寮に居住中の者については従前の寄宿舍の使用の必要がない)を従前の使用方法に従つてその使用(社宅居住者以外の者の入浴を含む)を請求し得ることは明らかであり且つその必要性も認められ、又給食の継続を請求し得るものといわなければならない。

その他の申請人らの第一項の申請中交通及び面会の自由につき男子に関しては仮処分の必要性を認める疎明がなく、又その余の申請についても、現在特別にその仮処分を求める必要性についての疎明がない。

よつて申請の趣旨第一項は主文記載の範囲において認めるのを相当とする。

(三)  申請の趣旨第二項について

申請人らが会社の施設管理権を侵害しない限り組合事務所を設けることは自由であり、会社は組合活動をことさらに制限する目的を以て、その施設の利用を妨げる方法を講じてはならないけれども、しかし申請人主張のように特に会社に対し組合事務所の設置を求める権利はないものと言わなければならない。従つてこの権利の存在を前提とする申請人らの申請は理由がない、

(四)  申請の趣旨第三項について

申請の趣旨第三項が会社をして事務所を設置せしめることを前提としておれば理由がなく、又交通等の自由を求めておる趣旨とすれば、主文四項記載の如く申請人ら中女子については外部との交通及び面会の自由を認めておるから、更に重複してこれを認める必要はなく、男子については右(二)記載の如き理由により、これを求める必要性がない。

(五)  申請の趣旨第四項について

前記認定の事実に徴し明らかである如く申請人らにとつて住居の安定を得ることが目下最大の急務であることに思いを致すときは会社において主文第一、二項記載の建物及び施設等の使用を正当の事由なく妨げたときは申請人らは執行吏に委任してその妨害の排除その他適当なる措置をとらしめる必要あるものと認める。しかし右の事項以外においてはその事項の性質上その実用性に乏しいものと認め之を排斥する。

(六)  以上により申請人らの本件申請中主文記載の部分については理由ありと認め、その他の申請については失当であるからこれを排斥し、申請費用については民事訴訟法九十二条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 大沢博)

(別紙省略)

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